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高松高等裁判所 昭和24年(控)1022号 判決

控訴人 被告人 扇喜栄吉

弁護人 堀耕作

検察官 大前滝三関与

主文

原判決を破棄する。

本件を高知地方裁判所中村支部に差戻す。

理由

弁護人堀耕作の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は原審は検察官の請求により訴因の変更(原判示第一の事実)及び訴因の追加(原判示第三の事実)を許しているけれども、右はいずれも公訴事実の同一性を害して居り違法たるを免れないと謂うのである。仍て本件記録並びに原判決を検討するに、原審第一回公判調書(記録第九〇丁以下)に徴すれば検察官は本件公訴事実中一の事実即ち「被告人は昭和二十四年二月末日頃福山保男と共謀の上高知県清水町市場入口に置いてあつた水産業会所有のドラム罐入コールタール一本を窃取した」との訴因を「被告人は昭和二十四年二月末日頃清水町において福山保男より同人がその頃窃取したドラム罐入コールタール一本をその贓物たるの情を知りながら千五百円で買受け故買をなし」と変更し、更に「被告人は福山保男と共謀の上昭和二十四年三月末頃清水町市場において同町鰹船船主組合所有のドラム罐入軽油一本を窃取した」との訴因を追加することを裁判所に対し請求し、原審裁判所は右訴因の変更及び追加を許し原判決において右コールタール故買の事実(第一事実)及び軽油窃取の事実(第三事実)を夫々認定していること所論の通りである。

仍て先づ右訴因変更の点につき考察するに、訴因の変更は公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許されること(刑事訴訟法第三百十二条)所論の通りであるけれども、訴因制度を認めた新刑事訴訟法の下においては当初の訴因と変更せんとする訴因とがその構成要件事実において相当程度重なり合つていれば公訴事実の同一性を害さないものと解する。而して本件の場合は「被告人が昭和二十四年二月末日頃甲と共謀の上コールタールを窃取した」との訴因を「被告人は昭和二十四年二月末日頃甲より盗品であるコールタールを故買した」との訴因に変更したのであつて右両者はその犯行の日時、目的物件等において同一であり而も他人の財物を不法に領得する点において共通点を有するから、かかる訴因の変更は公訴事実の同一性を害していないものと謂うことができる。然らば本件公訴事実一の窃盗の訴因を贓物故買に変更することを許した原審の手続は適法であつてこの点の論旨は理由がない。

次に訴因追加の点につき考察するに、訴因の追加もまた公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許されるところ(刑事訴訟法第三百十二条)、原審が訴因の追加を許した「被告人は福山保男と共謀の上昭和二十四年三月末頃清水町市場において同町鰹船船主組合所有のドラム罐入軽油一本を窃取した」との事実は本件公訴事実(コールタールの窃盗と自転車の贓物故買)とは全然別個独立の事実であつて、もとより公訴事実の同一性を有しない事実である。検察官は右事実につき訴追を欲するならば当然追起訴の手続によるべきであつて、訴因追加の方法によることは許されない。然るに原審が右訴因の追加を許しこれを有罪と認定したのは訴訟手続を誤り且つ審判の請求を受けない事件について判決したことに帰着するから原判決はこの点において到底破棄を免れない。訴因追加の違法を主張する論旨は理由がある。

仍て控訴趣意中爾余の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第二百七十八条第三号第三百九十七条により原判決はこれを破棄し、同法第四百条本文の規定に従い本件を原裁判所である高知地方裁判所中村支部に差し戻すこととする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人堀耕作の控訴趣意

原判決を破棄し本件を原裁判所に差戻す旨の判決を仰望する。

控訴理由第一点 原判決が有罪を言渡した第一(贓物コールタール故買)及び第三(軽油窃取)公訴事実は起訴状に其訴因及び其罪名罰条を掲記せず単に口頭起訴があつたに過ぎないのであるから刑事訴訟法第三百三十八条第四号に依り公訴提起の手続が其規定に違反し無効なりとし公訴を棄却すべき筋合であるのに事茲に出でず有罪判決を言渡したのは訴訟手続に法令の違反があり其違反は判決に影響を及ぼしたこと明かであると思料する。詳言すると原判決は「其理由第一として被告人は昭和二十四年二月末頃予て知合の福山保男が他から窃取したドラム罐入コールタール一罐を盗贓たる情を知り乍ら代金千五百円で買受け」「理由第三として被告人は同年三月末頃右福山保男と共謀の上清水町市場に於て同所に置いてあつた清水町鰹船主組合所有のドラム罐入軽油一罐を窃取したもの」と認定して居るけれども本件記録を査閲するに前記贓物コールタール故買及び軽油窃取の公訴事実並に其罪名罰条は起訴状に掲記されて居らない。尤も原審第一回公判調書に依ると立会検察官は被告人扇喜に対する訴因公訴事実の変更及び追加をしたいと申請し前記原判決理由第一、及第三公訴事実につき口頭起訴をした旨の記載がある。原審検察官は公訴事実の同一性を害さないものと解し起訴状記載の訴因を変更及び追加の申請をした口頭起訴を為し原審裁判官も亦其見解を支持し適法に公訴の提起ありたるものとして該公訴事実に付審理判決したものと思はれる。併し連続犯規定を削除した改正刑法の下に於ては被告人に対する本件起訴状に掲記して居る公訴事実第一のドラム罐入コールタール窃取並に同第二、盗贓中古自転車故買の所為と口頭起訴に係る前記原判決理由掲記の公訴事実第一の盗贓ドラム罐入コールタール故買同第三のドラム罐入軽油窃取の所為は何れも併合関係に立ち基本的事実関係罪を異にし同一性をもたないのであるから刑事訴訟法第三百十二条に依る訴因の追加変更は許されないのである。従て改正刑事訴訟法は公訴事実及び罪名罰条を明示した起訴状を裁判所に提出することを公訴提起の要式行為として居るのであるから検察官から法定の要件を具備した起訴状を提出せざる限り口頭で起訴した前記公訴事実に付ては公訴提起の手続が其規定に違反し無効であるから、公訴棄却の判決をしなければならないのに有罪を言渡した原判決は失当であつて破棄を免れぬものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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